身近ではない世界での災害復興に対して、募金以外でなにかできることはないだろうか。
お金や食料のような物質的なものは、すべての人に満遍なくいきわたることができにくい。
同じ被災者でも、富裕層が一番に食料を手に入れ、寝る場所を手に入れる。
そういった光景はもうテレビでは隠されることはなくなった。
募金をしたほうからは、困っている人に届くことを願い、それがどこのどの人に届くかなんて想像できない。
もっと、人の欲とかがなくなればいいのか?
現地で自衛隊と住民がもめている。平等を徹底的に守るのか、目の前にある命を助けるのか。
命がからむと、グっと問題は難しくなる。
ただ、物質的援助には限界があるということ。
軍事力や経済力のある国からの支援にもきっと限界がある。
子供ばかりに目をむけて助けると、孤児が増える。そこでまた貧困の差が開く。
ハイチの貧困は、これを機に変化していくようにもっていけないだろうか。
心の余裕をもたらすのは、お金が第一ではない。だが重要な選択の一つであることには違いない。
今まで自分の目で見てきた世界がしっかりと修復されて、笑顔が生まれてから、そう、それからなのだ。
「幸せ」については個々で感じ方が違うのでいちいち考えないが、私たちがハイチという国について知ることができたように、ハイチ側も他国について関心をもてるいい機会(現状でそんなことを言っている場合ではないのも分かるが)のような気がする。
芸能人は、こういうときいいな、と思う。テレビからの影響力、歌で世界が救えるんだもの。もっと、芸能人であることを有効的に使っていけばいいと思うのにな。
彼らの才能は、視聴者(消費者?)がいてこそなのだから、、、と思ってしまうのはひがみなのか?笑
つまるところ、私が知らないところでそういう人たちが活動してくれていたらうれしいってことよ。
自分で動くことを忘れていたので、もう少し自分の好きなことにのめり込むほど思い切り努力したい。
我慢と努力が足りないから、今こうして過去を思い出して後悔しようとしている。
後悔は、自分ひとりしかできないからある意味気が楽な世界なのかも。
だからこそ、後悔という楽園には易々と足を踏み入れたくない。
自分の弱さに甘えて他人の責任にするのは、もうやめようと誓ったのだから。
私の進むべく道はいま、楽園ではない。そのことを忘れちゃいけない。
ハイチに笑顔を。